愛情のゆくえ

堀江社長、一問一答(livedoorニュース
http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1047395/detail


昨晩のライブドア堀江社長の記者会見をニュースで見ていたら、フジテレビ記者から次のような質問がありました。

「我々社員の間でも結論が出ていない課題があります。ニッポン放送は株主のものなのでしょうか、それともリスナーのものなのでしょうか? どうお考えですか?」
彼(彼ら)は株主とリスナーを二律背反の関係(だけ)と捉えているのでしょうか?
彼(彼ら)はこの質問への答えに何を期待したのでしょうか? 堀江社長、あるいはライブドア側と対話をする準備があるのでしょうか?
“株主かリスナーか”という類の問いかけは、ニッポン放送以外のすべてのメディア、いえ、すべての業種の会社に当てはまるものです。彼ら(の業種)だけが特別なわけではありません。


今回の一連の報道を見るにつけ、メディアに携わる方々が自覚する“特別な使命感”に嫌悪感を覚えることがあります。
「自分の仕事が社会的に必要な、他とは違う特別なモノである」という自負を持つことは決して悪いことではないと思います。ただ、彼らの矜持に、今回は“衆愚政治”的な視点を感じのはワタシだけでしょうか。
株式の保有をもって乗っ取られるということかイヤなら、例えば新聞社などがそうしているように、株式を公開しなければ良いのではないかと思いますし、フジやニッポン放送関係者、あるいは識者の中で「ライブドア側は具体的なビジョンを示していない」と主張する人がいますが、ビジョンを示せていないのはお互い様だとワタシは思います。
新株予約権の発行は、ただ支配権を拒絶するためだけでなく「自分たちはこういうメディアを志向する」と主張、表明する良い機会となり得たのではないでしょうか(それこそ、リスナーに届く言葉で!)。


ただ、これらのことと、経営者と社員との信頼関係というモンダイとは、今は少し切り離しても良いのかも知れません。
ニッポン放送・亀渕社長の“『ずるい』発言”に象徴されるような感情が社内に蔓延しているのであれば、今後の事業の支配権がどのように変わるにせよ(今まで通りで何も変わることがない状況に戻ったとしても)、良い意味でのシナジーは生まれにくくなるのではないかと思います。
(でも、本当は、すべて連鎖していることだと思っていますが)


自分の仕事、自分の会社の事業に対する愛着と自負、そして、そのことで経営者(あるいは創業者)との一体感を持てている状態。
そして、その状態が人の数だけあるとしたときに、他の人が持つ愛着や自負をリスペクトして共存していくことができるかどうか。
(逆に言えば「どうしてもリスペクトできないもの」を自分の中でしっかりと持てているかどうか)


今のワタシはどうだろう?





…とまぁ、ここまでは今日のお昼休みに書きためておき、帰宅してからアップしようと思っていました。
で、家に着いたら嫁さんがひと言。
「フジテレビ、今度はソフトバンクだって」


へ? 何それ?
で、ネットを見てみたら…


*フジテレビ株:ソフトバンクグループ会社が筆頭株主に(MSN-Mainichi INTERACTIVE)
http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20050325k0000m020003000c.html


彼らの自己愛のカタチがますますわからなくなってきました…。